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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)44号 判決 1967年4月25日

原告 三井和洋

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三六年審判第七六〇号事件について昭和四一年一月二一日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  (特許庁における手続の経緯)

原告は、昭和三五年九月一五日、名称を「透明板へ光輝色の文字絵画等を表現する方法」とする発明につき特許出願したが(昭和三五年特許願第三八六五八号事件)、昭和三六年一〇月二〇日、拒絶査定を受けたので、同年一一月二〇日、同査定を不服として審判を請求し(昭和三六年審判第七六〇号事件)、昭和四〇年七月二八日、「光輝色の文字または絵画等を表現した透明板」なる発明(以下本願発明という。)に改めたところ、特許庁は、昭和四一年一月二一日、右審判の請求は成り立たない旨の審決をし、同審決の謄本は、同年二月一〇日、原告に送達された。

二  (本願発明の要旨)

合成樹脂系透明薄板の一面に光輝性金属を真空蒸着し、該蒸着面へ文字または絵画等を印刷し、上記の無印刷部分の光輝性金属層を溶解除去してなる光輝色の文字または絵画等を表現した透明板。

三  (本件審決理由の要旨)

本願発明の要旨は、前項のとおり認められるところ、本願発明の出願前国内に頒布された工芸ニユース一九五二年二月号第三七、三八頁には、透明な合成樹脂の板状体面上に部分的に金属を真空蒸着して光輝色の模様をうる方法が記載されている(以下引用例という。)。本願発明と引用例とを対比すると、本願発明においては、模様現出は、印刷により行い、つぎに非印刷部分の金属層を除去することを条件としているのに対し、引用例記載の公知技術は、型置法によるものである点で相違するに過ぎず、その他の構成は、透明合成樹脂板に金属蒸着により部分的に絵画図案等を施した光輝性透明体として全く一致している。右相違点については、合成樹脂板などの面上に金属層による図形などを設けるに当り、被着した金属層上に印刷してこれをレジストとし、印刷部以外を溶出して図形を残す方法は、プリント配線などにみられる周知の手段である。したがつて、引用例の型置法に代えて、このような周知手段を採用することは、独創力を要せず、容易になしうるものと認めざるをえず、単に模様現出手段を定めただけにもとづく引用例との相違点に、発明の存在を認めえない。なお、本願発明の色彩効果については、ラバーダイジエスト一九五六年九月号第八頁ないし第一〇頁にも、透明プラスチツクスに金属蒸着するに当り、着色すれば、同時に色彩効果を奏することが記載されているから、当然予期しうる範囲の効果に過ぎない。本願発明は、引用例記載の技術内容から、当業者の容易に類推できる程度のものであり、特許法第二九条第二項の規定に該当する。

四  (審決の違法)

本件審決は、つぎのとおり違法であり、取り消されるべきである。

本願発明においては、透明インクまたは透明フイルムを介して、特殊の金属光沢を生かすために、金属蒸着層を中間層としているのに対し、引用例の型置法においては、直接、蒸着金属自体を生かそうとするものであり、両者は構想を異にする。本願発明においては、長大な透明薄板へ連続的に金属蒸着し、連続的に各種各様の所望の印刷をし、連続的に不要金属部分を除去できるので、きわめて微細な模様を鮮明に表現しうる一方、長大な製品を連続的に製造することができるのに対し、引用例においては、使用する型の大きさおよび型の特性上図柄に限定されるのみならず、型の厚みによつて影を生ずるため、細かい鮮明な線や円などを表現することが困難であり、しかも、型を置き換えるごとに真空を破つて操作しなければならない。

また、審決指摘のプリント配線の技術とは、積層板に金属箔を貼りつけ、その上に耐腐蝕性インクで所望の回路を印刷し、ついで、腐蝕により印刷以外の部分の金属箔を除去し、さらに、耐腐蝕性インクを洗い落す一連の技術をいい、その製品は、基材、フエノール樹脂フイルム(接着剤)および金属箔の積層されたものである。この基材となる積層板は、保形性を要求されるため、相当厚く透明性のないものまたは透明性の悪いものであり、実際上透明性については考慮されていないし、金属箔は、電気容量の関係上用いられているのであつて、金属蒸着層が用いられることはなく、また、耐蝕性インクは、絶縁性劣化の防止と結線などの必要上除去されている。プリント配線の技術における構成は、印刷インク、金属蒸着層および透明合成樹脂薄板という本願発明の構成とは異なる。

審決は、本願発明と引用例との差異が模様現出の方法の点にあるかのように述べているが、本願発明は、方法の発明ではなく、物の発明である。また、本願発明は、型置法にかかる引用例、プリント配線の技術とは、後述のとおり産業分野を異にし、たがいに独立の完成した技術であり、完成品の構成、光輝性色彩効果も異なり、ひいて、耐候性、耐久性、多量生産性などにおいて著しく優れている。本願発明の透明板は、包装紙または箱など装飾を主とした日用雑貨に使用し、合成樹脂フイルムを利用した包装紙、箱または装飾品を取り扱う業界で製造されるのに対し、プリント配線は、小型電子機器、ラジオセツトその他電子工業界で製造使用されるから、両者は、その関する産業分野が異なる。

なお、本願発明の印刷インクについては、その明細書に「乾燥の早い接着力の強いインク(たとえばM型プリント、株式会社藤倉化学興業所製)」と、具体的に例示しているばかりでなく、本願発明が装飾用の透明板にかかる以上、光輝性金属の蒸着面を保護し、その装飾上の特性を保持しうる印刷インクに限定されることは当然であり、印刷インク自体により、文字、絵画、模様等を表現するものであつて、印刷インクの残留を必須要件としているのであるから、引用例およびプリント配線の技術と異なることは明らかである。

本願発明が、その属する技術の分野における水準を超えたものであることは、本願発明の出願後に出願された、本願発明と同一の方法で製造された透明板をリボン状に截断した発明や実質上差異のない考案が出願公告されていることからも明らかである(甲第五号証ないし第七号証参照)。

原告も引用例およびいわゆるプリント配線の技術が本願発明の出願前公知であつたことは争わないが、これらの技術は、本願発明とは以上のとおり構成および作用効果において著しく異なり、本願発明をもつてこれらから当業者の容易に類推できるものとすることができないことは明らかである。これを容易に類推できるものとした本件審決は、判断を誤つた違法のものである。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一項ないし第三項の事実は認める。同第四項の点は争う。

原告は、本願発明の透明板においては、金属層の上に印刷インク層を設けた構成をとり、金属層が剥離しない効果があるというが、金属層が剥離し難いのは、これが真空蒸着されているからであり、必ずしもその上に印刷インク層があるからではない。仮に、印刷インク層が金属層の老化防止ないし保護の効果をもつとしても、単に印刷インクというだけでは、範囲が広く、すべてがアルミニウムのような金属に対して原告主張のような作用効果をもつとは限らないから、格別の意味をもたない。本願発明の明細書中にも、この点について何ら言及していない。しかも、印刷インク層が多少保護のはたらきをするとしても、表面保護のために表面に塗膜を被着することは、常套手段に過ぎない。したがつて、金属面上に保護膜を設けることが、引用例に記載されていなくとも、これは任意に行ないうる普通のことであるから、格別の差異とはいえない。

印刷回路(プリント配線)自体は、ラジオなど電気製品の部品であつて、装飾品でないことはもちろんであるが、合成樹脂の利用分野であることは明らかであり、これに対するパターンの作製には、そのまま合成樹脂の加工技術が適用されるものである。印刷回路も本願発明のものも、ともに合成樹脂の二次加工技術としてみると、その分野は、たがいに相通ずるものである。合成樹脂一般加工技術に関する技術文献も、両者をともに収録し、そのように取り扱つている(甲第三号証)。両者は、技術分野を異にしていない。

原告は、本願発明出願後に、これと同様な発明または考案が出願され公告された旨主張するが、金属系の製造方法の発明であつたり、実用新案の登録出願でその登録請求の範囲に記載された具体的構造を要旨とするものであつて、いずれもただちに、本願発明と同様なものとはいえない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  特許庁における本件審査、審判手続の経緯、本願発明の要旨および本件審決の理由の要旨についての請求原因第一項ないし第三項の事実については、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実によれば、本願発明の要旨は、「合成樹脂系透明薄板の一面に光輝性金属を真空蒸着し、該蒸着面へ文字または絵画等を印刷し、上記の無印刷部分の光輝性金属層を溶解除去してなる光輝色の文字または絵画等を表現した透明板」にあることが明らかであるところ、成立に争いのない甲第一号証(本願発明の明細書および図面を含む手続補正書)によれば、本願発明は、「合成樹脂系統の透明薄板にアルミニユームを真空蒸着し、該蒸着面へ任意の文字絵画等を印刷し、印刷インクの乾燥後、これを弗化水素の溶液へ浸漬して裸出しているアルミニユームを除去することによつて、光輝色の文字または絵画等を有する透明板を得た」ものであつて、その「透明板は、光輝性金属を真空蒸着し、その上へ任意の文字または絵画等を表現するインク層で被覆し、インク層のない部分の光輝性金属被膜を溶解除去したから、光輝性の同一文字または絵画等を表現した透明板を、廉価多量に製産しうるとともに、金属皮膜が剥脱し難く、永く同一光輝状態を保持しうる効果がある」こと、本願発明は、従来のもつぱら透明薄板に印刷するのみにより文字、絵画等を表現するものにおいては、光輝色(金色または銀色等)の文字、絵画等を表現することがむつかしく、また、金泥等を用いた場合においても、光輝性が劣り剥脱しやすかつた欠点を、解決しようとしたものであること、本願発明の実施例については「醋酸繊維素の透明薄板(1)の上面へアルミニユームを真空蒸着してアルミニユーム皮膜(2)を設け、その金属皮膜(2)の上面へ逆文字または逆絵画等を乾燥の早い接着力の強い印刷インク(例えば、M型プリント、株式会社藤倉化学興業所製)で印刷して印刷インク層(3)を設け、これを自然乾燥させてから、弗化水素の1%溶液中へ浸漬し、約2分~3分間放置すれば、印刷インク層(3)で表わされた部分以外のアルミニユーム皮膜を溶解し、印刷インク層(3)で被覆されたところのみ残留する。つぎに、透明薄板(1)の下面へ透明金色を塗布して金色層(4)を設ければ、光輝性金色の文字または絵画つき透明板ができる。本発明の透明板を包装紙または箱などに使用すれば、極めて美麗であつて、商品価値を向上させることができる。なお、上記において透明金色を塗布しなければ、光輝性銀色の文字または絵画つき透明板が得られる。」との記載がされていることが認められる。

右によれば、本願発明は、前示発明の要旨のとおりの構成の透明板にかかり、文字絵画等を表現した光輝性蒸着金属層を中間層とし、これを透明合成樹脂薄板と右蒸着金属層におけると同一の文字、絵画等を表現した印刷インク層とで挾み、この透明合成樹脂薄板と光輝性蒸着金属層と印刷インク層との結合により、印刷インク層のない部分は合成樹脂薄板の透明部分がそのまま現われ、光輝色の文字、絵画等が現出した美麗な透明板を得ようとするものであり、その結果、中間層の蒸着金属皮膜が剥脱し難く、その光輝状態を永く保持し得、しかも、これが廉価で量産に適するとの作用効果を収めるものであることが明らかである。

これに対し、成立に争いのない甲第二号証(審決引用の「工芸ニユース」)によれば、引用例は、金銀その他の金属をいわゆる型置法に従い透明な合成樹脂の板状体の面上に部分的に真空蒸着し、露出金属層により加飾模様を表現するものであることが認められるにとどまる。したがつて、引用例においては、蒸着金属層と透明合成樹脂板との二層構成であるのに対し、本願発明においては、前示のとおり、さらに印刷インク層を有し三層構成となつており、両者は構成上差異があり、そのため、本願発明においては、中間層である蒸着金属層が印刷インク層と透明合成樹脂薄板とにより保護され、金属層の剥脱防止、同一光輝状態の永い保持等において特に効果を収めることは前示のとおりであるばかりでなく、金属蒸着層により現出される文字、絵画等も、型置法により現出されるものに比し長大かつ精緻となりうることが弁論の全趣旨に徴し推認しうるから、両者は、効果においても明らかに差異がある。

審決は、両者は模様現出の点において印刷によるものといわゆる型置法によるものとの相違があるだけで、その他の構成は全く一致しているとし、その相違点について、印刷回路の技術を例示しつつ、合成樹脂板などの面上に金属層による図形などを設けるに当り被着した金属層上に印刷してこれをレジストとし、印刷部以外を溶出して図形を残す方法は周知であるから、引用例の型置法に代えてこの周知手段を採用することには特別な独創力を要しないとする。しかしながら、本願発明がすでに引用例に比し構成において差異があることは前示のとおりであるばかりでなく、本件に顕われた証拠を調べても、印刷回路についての技術には、本願発明におけるような三層構成、真空蒸着、透明合成樹脂薄板の使用等についての技術思想が認められないことおよび光輝色の文字絵画等を表現した透明板にかかる本願発明が装飾技芸にかかる産業分野に属するのに対し、印刷回路は近代的電子工業の一端にかかる分野に属し、産業分野として必ずしも同じくないことを考え合わせるときは、本願発明をもつて、引用例およびいわゆる周知技術から容易に類推しうるものとするのは相当でないといわざるをえない。

三  右のとおりである以上、本願発明を引用例および右プリント配線などにみられる技術から容易に類推しうるとした本件審決は、その判断を誤つた違法のものといわざるをえず、その取消を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢文雄 三宅正雄 荒木秀一)

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